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カテゴリ:●滞在制作日記( 7 )
ヒラマの滞在制作(手形集め)~鵜来島編
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祭の翌日も引き続き沖の島弘瀬地区で手形収集。
午前中から比較的集めやすそうな漁業組合や商店を回る。
ちょうど昼ごろ民家を回ったところで昼食をいただく。
もちろん酒も入る。
午後からも日が落ちるまで手形を集めた。
宿舎に帰ってからは翌日の鵜来(うぐる)島用粘土の準備。


翌日渡船に乗って鵜来島に渡る。
昨晩の強風のため波は大荒れ。
正面に波を受けないように若干遠回りしてやっとこさ鵜来島に到着。
同行した濱田くんは観光客のおじさんにつかまり世間話。
廃校を利用した施設内を探索。
教室は緊急の宿泊所となっている。
「なんでも展示室」なる部屋を見つけ入ってみると怪しげなものがいくつか。
金ちゃんヌードルは昭和54年製造でした。

10時半過ぎ。
神社境内ではすでに祭がスタート。
人口27人の島にすでに200人近くの人が。
神輿・やぐら・牛鬼の三が揃うのは7年ぶりとからしいのでこの人出も納得。
まずは御下がりの儀式。
要は階段を降りるだけなのだがこれが一苦労。
牛鬼は先頭を切ってさっさと降りたが問題はやぐら。
しっかりした作りで子供が数人乗ったやぐらはかなり重く、男衆が後ろで綱を引っ張りながら慎重に下ろしていく。
狭い階段と迫った民家と格闘しながらもなんとか広場(校庭)まで運ぶ。
これからが祭本番。
三つの山車が広場を駆け回る“練り”が始まる。
最初の練りだけやぐらを担がせてもらったが結構しんどい。
バイキング形式の昼食後は菓子餅投げ。
その後は何度となく練りを繰り返す。

肝心の手形集めはプログラムの合間を見て行った。
島の若者の案内で一軒一軒粘土プレートを持って回っていく。
島のほとんどが高齢者なので祭といえどもこちらが出向いていくしかないのだ。
長年自給自足生活を続けてきた島の人のては大きい。
準備してきた粘土のプレートからはみ出ることもしばしば。
できれば島民27人全員の手形を集めたかったがタイムアップ。
最終的にこの小さな島に500人ほどもの人が集まり、何年か振りの神事を祝ったのだった。


翌日は鵜来島で集めた手形の型取りの続き。
この日は高知県知事も沖の島に来るということで出迎えには行ったが直接話す機会はなかった。
結局滞在中に沖の島・鵜来島合わせて60人分ほどの手形を集めることができた。

帰路の途中で実家にも寄って姪っ子とも初対面。
あっという間だったけど中身の濃い1週間だった。


P.S.
しかし、島ではよく飲んだ。
缶ビールにするとトータルで20本は軽く超えてるかなー。
あの数日間島全体ではどれだけ酒を消費したのか想像もつかない。
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by okinoshimaAP | 2009-10-29 10:26 | ●滞在制作日記
ヒラマの滞在制作(手形集め)~沖の島編
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今回10月の滞在制作組第一陣は陶芸の森田君、写真の川村君、イラストの大久保さん、ボランティアの宮崎さん、それと僕の5人。
2台の車に乗り合わせて片島まで直行。
午後の便で沖の島に渡る。

島に着き宿泊先に荷物を置く。
その後車を借りて作業に使う荷物のみ旧校舎の方に運ぶ。
7月の下見の時は時間がなくて旧校舎の中までは入れなかった。
中に入ってみると廃校以前のものがそのまま残っていたり、新しく置かれた漁の道具などが散乱していたりした。
Pのはまださんに訊くと基本的にはどこで作業しても良いというので一番使いやすそうだった家庭科室を使うことに。
一日目は時間もないので旧校舎の調査のみ・・・と思っていたら、ある件で調べたいことがあるというので島の裏側の久保浦まで車を走らせる。
久保浦の用事も終わり帰宅。
残っていた女の子二人が晩飯を作って待っていてくれた。
一日目終わり。


二日目。
朝飯を食べて旧校舎に。
僕は今回島民の手形集めにやってきたので、とりあえず手形をとるための粘土のプレート作り。
その前にテーブルにビニールで養生をして、校内にあった画板を借りて粘土板にした。
その後はひたすら手形用粘土プレート作り。
昼食の後、翌日の祭の準備を手伝いさらに粘土プレート作り。
50枚ほどできたところで川村君と一緒に母島集落の方に手形収集に行く。
ある事件のために手形収集は困難かと思われたが、川村君の交渉の助けと主要な施設を回ったおかげもあって日が落ちかけた時間帯にしてはまずまず。
宿に帰ると祭の準備を手伝って欲しいということで神社まで荷物を持って上がる。
社殿内では神輿の飾り作りを見よう見真似で手伝い。
準備が終わると祭前夜の儀式。
その後前夜祭も兼ねた飲み会。
女人禁制なので男ばかりだ。
結構飲んで帰宅、二日目終わり。


16日は祭り本番。
第二陣の濱田さん石井さん公望君も到着。
みんなで神社境内まで上り法被も着用、祭ムードも高まってきた。
アート軍団は牛鬼担当のようだ。
牛は何の掛け声もなく淡々と階段を降りる。
途中で待っていると上から「ヨウサンヤー、ヨウサンヤー」という掛け声とともに神輿が降りてくる。
途中の広場で神輿が牛を追い立てて回る。
3回ほど繰り返した後港へ。
その後祭はおきゃくへと移行、いくつかのグループが民家を回る。
僕はというと港に停車してある車のそばでひたすら手形集めと石膏で型取り。
あまりに日差しがきついので旧校舎に移動。
ひたすら型取り。

日没後神社へ。
既に牛鬼と神輿は境内に上がり回っていた。
祭もクライマックスを向かえ無事終了。
その後は集会所でちょっとした打ち上げ。
刺身をつまみに飲んだ。
三日目終わり。
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by okinoshimaAP | 2009-10-29 10:24 | ●滞在制作日記
森田浩路 滞在製作2、3日目
昨日の赤土を早速掘る

漁港の桶を借りて旧弘瀬小中学校へ運ぶ

そこへ土をドボン、ドボン!!
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次の日もドボン、ドボン!!

次回の滞在では、この土を精製する作業をします


いつものことながら、帰りに渡船はすこし寂しい。。。
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by okinoshimaAP | 2009-08-23 22:00 | ●滞在制作日記
森田浩路 滞在製作1日目
午後の便で島に渡る

滞在製作中の葛目君と合流

早速弘瀬地区での土探し

弘瀬中心地から灯台方面へ歩いて数分、赤土発見


葛目君と仲良く手を繋いで、そのまま散策。。。

神社がこのあたりにあるとのコトですが。。。

ちょっと迷いつつフラフラ

目的の神社は見つかりませんでした
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by okinoshimaAP | 2009-08-21 14:42 | ●滞在制作日記
母島 日吉神社 狛犬
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by okinoshimaAP | 2009-08-19 13:27 | ●滞在制作日記
ごあいさつへ クズメ
8/17

地元のある方の個人的な信仰から始まった鴨姫神社、ご利益があるとゆうことで噂が広まり信仰が広まっている。そしてもう一つ弘瀬の氏神さまである荒倉神社にごあいさつにゆく。(調査で訪れた時は置いてきぼりをくらってしまって行けなかった)周りの亜熱帯植物の原生林、巨石群も素晴らしい。三浦家のお墓へ通じる道もあるそうだけど、明日以降にしようと思い帰宅。

弘瀬には他にもお稲荷さんを祀った住吉神社や山の神様を奉っている所もあるのだとか。20日にはその山の神様のお祭りとゆうものがあるそうで楽しみ。

この日の夜は焚き合いといって、夜7時から朝にかけて2か所の浜辺で火を燃やす。火の大きさや、長さ等から漁業が農業が栄えるかを占うとゆう意味もあるそうな。この焚き合いでお盆の終わりを示す。昔は読経もありその後に燃やしていたとか。

お盆の時期とゆう事で神様絡みの祭りが多く、沖の島の民族性、風習、歌を体験する事ができて、個人的にとてもいい時期に来たなと思う。この際10月の秋祭りも神輿担ぎに来ようと思う。

8/18

弘瀬から母島まで歩く。前回4年程前に来た時も歩いたけれど、なかなか遠い。徒歩1時間程。
調査で来た時は古屋野集落の日吉神社をみんなでかけ登った、母島にも日吉神社があるので、行ってみる。個人的には神社の建物の右手横を抜けると見える巨石がおすすめ。一番落ち着く。
商店や母島小学校跡に建つ沖の島開発センターに行って色々母島の事を尋ねる。話していると母島に住む友達のおばあちゃんの隣りの隣りに住む方で娘さんと友達は昔から仲が良かったのだとか。
話の中から明日行ってみよう!と思うとこが見つかり、日も暮れて来たのでまたまた徒歩1時間かけて弘瀬まで帰る。調査で一日を過ごす。

今日一日で沖の島の干棚が大好きになった、うちにも備え付けたいほど。
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by okinoshimaAP | 2009-08-19 02:16 | ●滞在制作日記
傘鉾 クズメ
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by okinoshimaAP | 2009-08-19 01:18 | ●滞在制作日記