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ヒラマの滞在制作(手形集め)~鵜来島編
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祭の翌日も引き続き沖の島弘瀬地区で手形収集。
午前中から比較的集めやすそうな漁業組合や商店を回る。
ちょうど昼ごろ民家を回ったところで昼食をいただく。
もちろん酒も入る。
午後からも日が落ちるまで手形を集めた。
宿舎に帰ってからは翌日の鵜来(うぐる)島用粘土の準備。


翌日渡船に乗って鵜来島に渡る。
昨晩の強風のため波は大荒れ。
正面に波を受けないように若干遠回りしてやっとこさ鵜来島に到着。
同行した濱田くんは観光客のおじさんにつかまり世間話。
廃校を利用した施設内を探索。
教室は緊急の宿泊所となっている。
「なんでも展示室」なる部屋を見つけ入ってみると怪しげなものがいくつか。
金ちゃんヌードルは昭和54年製造でした。

10時半過ぎ。
神社境内ではすでに祭がスタート。
人口27人の島にすでに200人近くの人が。
神輿・やぐら・牛鬼の三が揃うのは7年ぶりとからしいのでこの人出も納得。
まずは御下がりの儀式。
要は階段を降りるだけなのだがこれが一苦労。
牛鬼は先頭を切ってさっさと降りたが問題はやぐら。
しっかりした作りで子供が数人乗ったやぐらはかなり重く、男衆が後ろで綱を引っ張りながら慎重に下ろしていく。
狭い階段と迫った民家と格闘しながらもなんとか広場(校庭)まで運ぶ。
これからが祭本番。
三つの山車が広場を駆け回る“練り”が始まる。
最初の練りだけやぐらを担がせてもらったが結構しんどい。
バイキング形式の昼食後は菓子餅投げ。
その後は何度となく練りを繰り返す。

肝心の手形集めはプログラムの合間を見て行った。
島の若者の案内で一軒一軒粘土プレートを持って回っていく。
島のほとんどが高齢者なので祭といえどもこちらが出向いていくしかないのだ。
長年自給自足生活を続けてきた島の人のては大きい。
準備してきた粘土のプレートからはみ出ることもしばしば。
できれば島民27人全員の手形を集めたかったがタイムアップ。
最終的にこの小さな島に500人ほどもの人が集まり、何年か振りの神事を祝ったのだった。


翌日は鵜来島で集めた手形の型取りの続き。
この日は高知県知事も沖の島に来るということで出迎えには行ったが直接話す機会はなかった。
結局滞在中に沖の島・鵜来島合わせて60人分ほどの手形を集めることができた。

帰路の途中で実家にも寄って姪っ子とも初対面。
あっという間だったけど中身の濃い1週間だった。


P.S.
しかし、島ではよく飲んだ。
缶ビールにするとトータルで20本は軽く超えてるかなー。
あの数日間島全体ではどれだけ酒を消費したのか想像もつかない。
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by okinoshimaAP | 2009-10-29 10:26 | ●滞在制作日記
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